『いただきます』という言葉の重み【あなたはゆでがえる!?】

どうも、大学生ブロガーのSeigaです。
皆さんは『いただきます』という言葉の重みを考えたことはありませんか?
「いただきます・ごちそうさま」という言葉の由来も解説していきます!

こんな方に読んでほしい記事

  • 『いただきます』という言葉の重みを知りたい方
  • 命の尊さを感じたい方

『いただきます』の言葉の重みを知る

『いただきます』の言葉の重みを知る

「いただきます」という言葉の意味考えたことありますか?

「いただきます」の語源

食事の始まりの言葉、「いただきます」。「いただく」は漢字では「頂く」、または「戴く」と書きます。

「王冠をいただく」、「雪をいただいた山々」などといいますが、「いただく」には、「頭上にのせる、かぶる」、という意味があります。

さらに、「いただく」には「敬意を表して高くささげる。頭上におしいただく」という意味があるほか、「もらう」の謙譲語としても使われます。

これは、身分の高い人から物をもらう際に、敬意を表するためにその物を頭上に高くささげるような動作をしたことから、「もらう」の意味で使われるようになったといいます。

さらに身分の高い人からもらったものが食品だったときや、神仏へのお供えの食べ物を下げて、食べるときにも、頭上にのせるような動作をして、食事をしたことから、「食べる」「飲む」の謙譲語として「いただく」が用いられるようになりました。

それがやがて食事のあいさつとして「いただきます」という言葉として定着していきました。

「いただきます」は、敬意を表する動作から生まれた言葉です。

現在ではその敬意は、肉や魚、卵はもちろん、野菜や果物も含めて、食材の「命」そのものに向けた言葉と捉え直されています。

また、食材を育てたり獲ったりした人や、食事を作った人に対する敬意と感謝の気持ちを込めた言葉とされています。

手を合わせて食事を前に頭を下げる動作も、「頭上に戴く」動作が語源にあると思えば、自然なことかもしれません。

語源を知って、食材の「命」を自分の「命」にすることへの感謝、そして、食材に携わるすべての人への敬意をもって「いただきます」という言葉を使いたいです!

「ごちそうさま」の語源

「ごちそうさま」の語源

食後のあいさつである「ごちそうさま」。漢字で書くと「ご馳走様」となります。

この言葉の語源を知るために、まずは「馳走」という言葉から見ていきましょう。

「馳せる」は速く走る、もしくは馬や車などを早く走らせることをいいます。

加えて、「走る」と重ねて使うことで、馳走はもともと「走り回る、奔走する」ことを指しました。

ここから、お客様をもてなすにあたり、食材を揃えるために方々に馬を走らせ、さらに走り回って用意をすることから、「馳走」は「食事などでもてなしをすること」「もてなしのための立派な料理」を指すようになりました。

この「馳走」に感謝の意味での「御」と「様」がついて、ごちそうさま、という言葉になったのです。

現代は、さまざまな食材が身近な店で購入できます。

馬であちこち駆け回って食材を集めた時代とは比べようもありませんが、それでも、日々の献立を考え、買い物をし、調理して食卓を整えることは大変な労力です。

食事をいただくときは、あらためて「ごちそうさま」の語源を思い出し、その一皿にかけられた手間を思って、食後のあいさつをしたいものですね。

そして、料理を作る人は、食べる人の「いただきます」「ごちそうさま」の言葉を、自分への労いや感謝として受け取ってみてはいかがでしょうか。

食材の「命」を感じるには?

これは、賛否両論あるかもしれません。
でも、本当に大切なことなのでお話します!

食材の「命」を感じる、そのための方法は実際に動物が精肉にされる現場を見るということです。

この動画を見て、トラウマになる可能性もあるので見るのは自己責任でお願いします。

ただ、当然見る価値は大いにあります。

豚、鶏、牛、羊などが殺される瞬間は、本当に残酷ですがこれがリアルです!

事実、あなたがこの記事を読んでいる間にも、動物たちは人間の食事のために殺されています。

この事実を可愛そうだと残念がるのではなく、個人的にですが、これからの食事の前後にいう「いただきます・ごちそうさま」の言葉の重みを実感していただければありがたいと思います!

僕自身もですが、ついつい「いただきます・ごちそうさま」という言葉に慣れすぎて、ゆでがえる状態になると思います。

「ゆでがえる」とは?

「ゆでがえる」とは?

 

一例をあげると、業績悪化が危機的レベルに迫りつつあるにもかかわらず低すぎる営業目標達成を祝す経営幹部や、敗色が濃厚であるにもかかわらずなお好戦的な軍上層部など、およそ人間は環境適応能力を持つがゆえ、漸次的な変化は万一それが致命的なものであっても受け入れてしまう傾向がある。

それを「2匹のカエルを用意し、一方は熱湯に入れ、もう一方は緩やかに昇温する冷水に入れる。すると、前者は直ちに飛び跳ねて脱出・生存するのに対し、後者は水温の上昇を知覚できずに茹でガエルとなってしまう」という寓話にたとえたものである。現実のカエルではありえない。

(Wikipedia 参照)

「ゆでがえる現象』とは、人間は環境適応能力が高いため、ゆっくりと進む環境の変化には気づきにくく、気が付いた時には手遅れになるということを表しています!

「いただきます・ごちそうさま」もあまりにも慣れすぎた言葉であるが故に、その本来の言葉の意味・重さを忘れていませんか?

自分は正直、ゆでがえる状態になっていました(゚д゚)!

ただ、ここまで読んでくださった皆さんはゆでがえる状態を脱して、今後の食事の「いただきます・ごちそうさま」という言葉に活かしていただければ本当に幸いです!

最後まで読んでいただきありがとうございます!

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