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ブログをやるきっかけ
皆さんは以下の事実を知っていますか?
日本の若者の自殺率が世界一であること (特に10~14才)
日本人の自殺率が世界で見たときに高い(13位)ことは知られているが、若者の自殺率がなんと世界一であることは知らなかったのでは(´;ω;`)
正直ショックを隠せなかった、、、
他にも以下の事実を知っていますか?
- 寝たきりが世界一
- 精神科の病院数が世界一
- 残飯量が世界一
- ペットの殺傷処分が世界一
特にクリスチャンの方は知っておくべき事実である
クリスチャンの人口が日本では1%以下
これらの事実から導き出される結論は
日本人(特に若い世代)に福音が必要であるということ



でも、どうやったら若い世代に福音を伝えられるのか?
学校や仕事場で福音を伝えようとしても、日本という国は宗教というものにタブーとする印象を受けます
ましてや、若い世代となるとそもそも接点がない、、、
そこで採った策が、ブログを始めるということ!
ネット社会である今、ブログを通して福音伝道することは一つ有効な手とちゃうんかなぁと
と言っても、問題は山積み。例えば
- ネットに自分のブログが1ページ目にupされない
- 検索数が伸びない
- 文章力がない
- プログラミングを学んでいない etc
ブログを初めて間もないとは言え、ブログを続けられない人の気持ちがよく分かりました(´・ω・`)
ただ、ブログを続ける上で必要なことはシンプル



と言っても、この忍耐を乗り越えるにはやっぱりこれがないといけません。
愛は寛容であり、愛は親切です。また人をねたみません。愛は自慢せず、高慢になりません。礼儀に反することをせず、自分の利益を求めず、怒らず、人のした悪を思わず、不正を喜ばずに真理を喜びます。すべてをがまんし、すべてを信じ、すべてを期待し、すべてを耐え忍びます。愛は決して絶えることがありません。(コリント人への手紙I 13:4〜8)
愛がなかったら”忍耐”なんて出来ないです(T_T)
ただ正直なところ、愛に欠けた行動を多々してしまうし、
そもそも論、愛が何なのか全然分かっていません。
愛のない者に、神はわかりません。なぜなら神は愛だからです。
(Ⅰヨハネ4:8)
”神=愛”なんですよね。
多分この世で最もシンプルかつ、インパクトのある方程式だと思います。
直接、神様について考えようとすると、どうしてもクリスチャンでない方にとって抵抗があると思います。
ただ、”愛”に基づいた行動をとろうと試みることは、本当に素晴らしいことだと思います。
頭で考えても分からないなら、実際に行動を通して”愛”を体験すればいいのでは!?
”愛”ってなんかよう分からんけど、これが多分”愛”とちゃうんかなぁと思ったことをやってみる
めちゃくちゃ失敗することなんて目に見えてるけど、多分その失敗って、”愛”に欠けた行動をしてしまったが故の失敗とちゃうかな
でも、イエスがした行動のすべてが”愛”に基づくものだったからこそ、”愛”に基づいた行動をとろうと試みることは、イエスと似た存在に近づこう(クリスチャンとしての生き方)とする上でスゴーく大切なこと
これこそ”愛”なのかも、そんな風に感じられる瞬間を少しでもこのブログを通して、あればいいなぁと思っています(^O^)
“人パン”hitopanというブログ名にした訳



”人パン”hitopanなんじゃそりゃ(゚∀゚)
人はパンだけで生きるのではなく、神の口から出る一つ一つのことばによる (マタイ4:4)
この聖書箇所から取って来ています。
ここで言う”パン”は”肉体”のことです。辞書にはこう書いてあります。
精選版 日本国語大辞典の解説
ひと【人】 は パンのみにて生(い)くるものに非(あら)ず
(「旧約聖書‐申命記第八章」にあるモーゼの言葉、およびそれを引用した「新約聖書‐マタイ伝第四章」にあるイエスの言葉から) 人は物質的満足だけを唯一の目的として生きるものではないという意。
”人は物質的満足を唯一の目的として生きるものではない”って確かにそうだと思います。
物質的な満足を得られれば、心(精神的に)も満たされるという人もいますが、
果たして、”愛”は本当に物質的な満足で満たされるものなんでしょうか?
もう一度、この箇所を読んでみましょう。
愛は寛容であり、愛は親切です。また人をねたみません。愛は自慢せず、高慢になりません。礼儀に反することをせず、自分の利益を求めず、怒らず、人のした悪を思わず、不正を喜ばずに真理を喜びます。すべてをがまんし、すべてを信じ、すべてを期待し、すべてを耐え忍びます。愛は決して絶えることがありません。(コリント人への手紙I 13:4〜8)
”神の口から出る一つ一つのことばによる”
この部分が大切な箇所になるわけですが、神の口から出る一つ一つの言葉って、具体的にどんなのがあるんでしょうか?
はじめに神は天と地とを創造された。
地は形なく、むなしく、やみが淵のおもてにあり、神の霊が水のおもてをおおっていた。
神は「光あれ」と言われた。すると光があった。
神はその光を見て、良しとされた。神はその光とやみとを分けられた。
(創世記1:1~4)
創世記(Genesis)という言葉をご存知ですか?
ロックバンドで有名なGenesisだったり、映画だったら猿の惑星:創世記、ターミネーター: 新起動/ジェニシスなんかがあります(^o^)
創世記、その名の通り”この世の始まり”という意味で、聖書の一番初めの書物になります。
神が最初に言われた言葉は、”光あれ”なんですね(゚∀゚)
この”光あれ”が現在で言うところの、ビックバンなんでしょうかね!?



天地が創造される前って、、、
初めに、ことばがあった。ことばは神とともにあった。ことばは神であった。
この方は、初めに神とともにおられた。
すべてのものは、この方によって造られた。造られたもので、この方によらずにできたものは一つもない。
この方にいのちがあった。このいのちは人の光であった。
光はやみの中に輝いている。やみはこれに打ち勝たなかった。
(ヨハネ1:1~5)
”初めに、言葉があった”と書かれています。
”言葉”それ自体が神というよう分からん世界です(^_^;)



ただ唯一分かることが、神の言葉がそれほど力強いということ
人間の話す言葉ですら、時には人を傷つけ、殺してしまう可能性をもつ。



「そこまでだ。2人ともそれ以上言うのは、辞めろ。一度口に出しちまった言葉はもう元には戻せねーんだぞ。言葉は刃物なんだ。使い方を間違えると厄介な凶器になる。言葉のすれ違いで、一生の友達を失うこともあるんだ。一度すれ違ったら、2度と会えなくなちまうかもしれねぜ。」
劇場版名探偵コナン 沈黙の15分(クォーター)より
コナン好きは知っているこの名言
動画のリンクを下に載せておいたので、是非とも見て下さい(30秒ほどの動画です)
人間ですら、言葉が刃物であるからこそ扱い方を気をつけなければならないのだから、神様の言葉がいかにパワフルか分かりますね!
下に聖書箇所の解説をしてあるページのリンクを載せておきました。
聖句を用いる上で本当に気をつけるべきこと
是非とも、この聖書箇所を頭に入れておいて下さい。
神のことばは生きていて、力があり、両刃の剣よりも鋭く、たましいと霊、関節と骨髄の分かれ目さえも刺し通し、心のいろいろな考えやはかりごとを判別することができます。(ヘブル4:12)
神の言葉は刃物なんてレベルじゃありません。
人間の想像を遥かに超えちゃってます(゚∀゚)
オレ自身もしっかりとこの聖句を心に刻み込みます!
この気持ちを忘れないために”人パン”hitopanというブログ名にしました。
応援よろしくお願いします!
ここまで読んでくださったこと本当に感謝します(●´ω`●)
ではまた次回!
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